The blog of Kyotrain

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3月11日で震災から9年。
その3日後,2020年3月14日に常磐線は9年ぶりに全線運転再開を果たしました。
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沿線の人々,全国の鉄道ファン,みんなが待っていた開通でした。
大した内容ではありませんが,私も少し記事に書き留めておきたいと思います。


その当時,私は中学生。
東京で震災を経験し,そのまま学校は休みになりました。
家のテレビで,望遠で映し出される福島第一原発が爆発するその瞬間を見たことが昨日のように思い出されます。

震災前に東北の鉄道はおおかた乗り通していました。
再び東北を訪ねることができたのは高校を卒業するとき。でも,そのときは寸断されていた常磐線には乗りませんでした。
大学生になってからは,常磐線に自転車を積んで原発被災自治体を走りに行く旅企画にも参加したり,陰ながら復興を見守ってきました。


一昨年の晩秋,木々が色づく木戸ダムで出迎えてくれた楢葉町長に「あのとき福島はもうダメかと思いました。今日こうして訪れることができて光栄です」と伝えたのを思い出します。たしかに少しずつ復興が進んでいることを実感しました。


そして,ようやく鉄路が一つにつながる日が来ました。
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鉄道は象徴性の強い乗り物だと思います。
品川から仙台まで特急ひたちが走っていても,全線乗り通す需要はそう多くないでしょう。たとえ鉄道がなくても,代行バスに乗れば済んだことでしょう。
しかし,鉄路がつながるということが復興という長い道のりの一段落になるということ,そして復興を目指す人々への強い心の支えになることは間違いないと考えます。
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9年待ちました。これで,震災によって運休していた区間は全て解消されたことになります。
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双葉駅。ここは原発から5km。
一昨年,南から自転車を走らせたときには夜ノ森駅から先へ進めなかったことを思い出します。
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運転再開に先立つ3月4日,双葉駅を含む双葉町の一部で避難指示が解除されました。
この駅舎が双葉町の復興のシンボルとなることでしょう。
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しかし,駅前の商店街は地震で損傷を受けた状態のまま残っていました。
原発事故を受けて町民が避難した,そのときのままです。
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荒れ放題の農地にポツンと立つ線量計。
早期に避難指示が解除され,鉄道が再開していた広野や楢葉に比して,原発から近い距離にあった双葉,大熊,浪江では依然として町の大半で避難指示が解除されておらず,復興が遅れているという現状があります。
双葉町においては,常磐線開通に合わせて駅周辺や道路の一部の避難指示が解除されたのみであり,生活基盤を形成するには難しいことから町民は帰還しておらず,町側も2022年春以降の町民帰還を目指しているとのこと。
復興はまだ始まったばかりということです。
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しかし,もう鉄道は通っています。
この町に活気が戻るのも,そう遠くないところまで来ていることを確信しました。

二泊三日で訪ねた宮古島(→前回)。二日目は船で多良間島に足を伸ばすことにしました。

多良間島に行くまで

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多良間島は宮古島と石垣島の中間に位置する面積20平方キロの楕円形の小さな島です。
宮古島観光の下調べをしようと地図を見ていると,たまたま多良間島を見つけて行ってみようかと思い立ちました。島が好きなので…

【最近行った島】

↑大きい試験の打ち上げで行った奄美大島

↑海を隔てると文化が変わるから島巡りが楽しいよ,という記事

さて,多良間へのアクセスは宮古から飛行機か船。
フェリーたらまゆうは一日一往復で日曜日は運休,ときどき天候不良の日も欠航しているようでした。
宮古へは金土日で行くので多良間に行くのは土曜日と決め,あとは天候を祈るばかり。

当日,早起きして多良間海運のホームページを見ると無事運行とのこと。
いざ行ってみよう!

多良間へ

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フェリーたらまゆうは宮古島中心部の平良港から出港します。
生憎の曇り空ですが出航してくれたので文句なしです…
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フェリーたらまゆうは有名なゲロ船で,外海に出ると船は前後左右に激しく揺さぶられます。
なんと客室にはマーライオン用に洗面桶が常備されております。
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二時間の航行で多良間島,普天間港に到着しました。
筆者は船酔いには強いほうですし,羽幌沿海フェリーとかいうとんでもないゲロ船で鍛えられているので何ともありませんでした。

今回は,宮古のバイク屋のおっちゃんに多良間へ行くと言ったら「チャリを船に積んだらええ」と言ってくださったので,チャリを持って来ました。チャリ積むと片道1000円くらい増額されますが。。
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島で出会った”第一村人”は牛さん。
多良間村のパンフレットによると,広大な牧草地で育った牛は肉用牛として島から出荷されていくらしいです。美味しくなれよ〜
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チャリを飛ばしていくと港の反対側にある多良間空港に到着。
ここにも宮古島まもる君がいます。
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坂と階段を駆け上がって島の展望台へ。
多良間島は隆起サンゴ礁の平坦な島で,ここ八重山遠見台が最高点。果てしなくサトウキビ畑が広がっています。
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道路脇にはヤギがいます。ヤギ汁になってしまうんでしょうか。
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いよいよ集落に入ってきました。
琉球王朝との交流が盛んだった多良間島の集落は今でも首里の趣を残していると言われます。
多良間島では琉球王朝時代の伝統的な祭祀も今に受け継がれています。
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シーサーもいますね。
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シーサーに迎えられて食堂にお邪魔し,宮古そばを頂きました。
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こちらは多良間神社。
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島で唯一の信号機。
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島の周囲はだいたいビーチになっていて,観光客も少ないのでのんびり海を眺めていられます。
よく見ると大陸から漂着したゴミが散乱していて,それはそれで南の島に来たことを実感します。ここはもう内地より台湾や中国のほうが近いのです。
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島を通る道路脇は牛の牧草地かサトウキビ畑。
収穫の季節になると,道端にサトウキビの切れ端がポロポロ落ちています。
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島で一つの製糖工場。
八重山でも大東諸島でも,ここ多良間島でも,島の名産は黒糖。
工場はフル稼働で,周囲には甘い香りが広がります。
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3時間の滞在時間でだいたい島を一周くらいして,再び普天間港に戻ってきました。
気づけば太陽はカンカン照り。
この透き通った海を見てください…!
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再びフェリーたらまゆうで宮古島へ。
普天間港は海も穏やかだし,港の雰囲気ものんびりしてて良い港でした。

***

こうして宮古島(と多良間島)3日間の旅は無事終わりました。
宮古島まもる君が気に入ったので置物(500yen)を自分用の土産に買ってきました。かわいい。
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はじめての宮古島

連休ができたので,去年就航したJetstarの成田下地島線を使って宮古島に行ってきました。
思い返せば,大学入る前に八重山の離島巡りしたのが4年前,南大東島で年越ししたのが3年前,満を持して宮古諸島に上陸しました。




(懐かしくて泣きそう)

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イブニングライナーで成田空港に乗り付け,3タミで野宿して朝7時の便で飛びます。朝靄がエモい成田空港。
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みやこ下地島空港はリゾート情緒が漂います。
ここ下地島空港は元々パイロットの訓練用として使われていましたが,伊良部島と宮古島を結ぶ伊良部大橋が開通したことにより下地島空港も宮古島の玄関口としての可能性が注目され,三菱地所がディベロッパーとなって新しく商用空港として整備されました。
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さっそく市街へ。
飛行機で隣になった方と仲良くなり,中心部までレンタカーで送っていただきました。
で,宿の近くのバイク屋さんで自転車を借りて出発。
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さっそく発見,宮古島まもる君。
交通安全のために宮古島各所の交差点等に設置された警察官の人形で,現在は20体とか?いるらしいです。なんかゆるキャラ扱いされてて,お菓子とか焼酎にもなっています。
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宮古島を南下し,橋を渡って来間島へ向かいます。
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海が青いナア
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宮古島の南端にある来間島から,北端にある池間島まで一気に走ります。
青い空とサトウキビ畑が沖縄らしくて本当に好きな風景なんです。
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マングローブ林にも寄りました。
石垣島ではじめて自然のマングローブ林を見たとき,内地の植生との違いに衝撃を受けたのを今でも思い出します。
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一度来たかった国立療養所宮古南静園。
併設されている資料館は誰でも入ることができ,スタッフの方に質問することもできます。
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日本国憲法によって日本国民が基本的人権を享受しても,50年に渡ってその埒外に置かれた人々がいたということを忘れてはなりません。
抑圧された生活のなかでも,この青い海が入所者の心を癒やしていたのかなと思うと,否が応でも目に焼き付いた風景でした。
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池間大橋を渡って池間島に向かいます。
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地元の漁師さんが教えてくれたフナクス海岸。めっちゃきれいだった。。
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休憩所に食堂があったので島とうがらしで味付けされたマグロ丼をいただきました。
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紅芋餅は地元民も買いに来るほどの絶品らしい。
そのまま宮古島の市街地まで戻ってきたのですが,宮古島って意外と広くて,貸しチャリで70km漕いだのでかなり疲れました。
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泊まった宿は宮古島随一の繁華街,西里大通りの宿。
沖縄らしい豆腐建築と南国らしい沖縄音楽が最高でした。ただ,夜寝るときも外の音楽がうるさかったりします。宿にめちゃくちゃ耳栓常備されてたのはそういうわけですね。

***

二日目は日帰りで多良間島に行き(詳しくは別の記事で),伊良部大橋を渡って伊良部島へ。
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全長3.5kmあって,無料で渡れる橋としては日本一の長さだそうです。
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夕日に照らされた伊良部島のシュガーロードを走る。
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夕日に照らされた宮古島まもる君,ちょっと怖い。
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伊良部大橋を渡って宮古島に戻ります。
橋のたもとの屋台でサーターアンダギーを買ったんですが,オーナーさんが同じく東京出身で宮古島に移住された方で,人生楽しそうでした。
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夕飯は宮古そばとジーマミー(沖縄の豆腐)の厚揚げ。
予約しないと入れないことがある人気店で,まさに本場の味といった感じでした。

***

3日目は飛行機の時間まで自転車で市街地周辺を散策。
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こちらはアッママ御嶽。
御嶽というのは琉球神道の拝所であり,神社とはちょっと異なるものなのですが,戦前の皇民化政策では国家神道に組み込まれたという経緯があります。
その名残で残っているのがこの立派な鳥居で,沖縄本島では戦後殆ど撤去された一方,八重山や宮古の御嶽では今でも鳥居が残されています。
内地への同化政策は元々琉球王国という別の国であった沖縄県民にとっては負の歴史でもありますが,そもそも琉球王国による支配が厳しかった八重山であったり,本島とは異なる宗教観を持つ宮古など,場所によって近代国家としての日本との距離感は変化します。
それはこんにちでも,中国への感情や自衛隊配備の是非などで微妙に世論が変わってくる点にも現れています。
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そんなわけで宮古島の御嶽にはだいたい鳥居があり,一見ただの神社のようにも見えるのですが,御嶽というのは住民にとって極めて神聖な場所であり,聖地によっては部外者の立ち入りを禁じているようなところもあります。あまり土足では踏み荒らさないようにしたいものです。
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ということで,宮古島の美しい海で心を癒やされながら,内地とも沖縄本島ともちょっと違う文化に触れる旅,週末にいかがでしょうか…!
宮古島,おすすめです(日焼けが痛い)。

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