The blog of Kyotrain

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コロナウイルスの流行により海外旅行が絶望的になってしまった今日この頃。
実は,意外にも首都東京には色々な民族の人々が暮らしており,東京にいながらも異国情緒を楽しめる場は様々あるのです。
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最近は特にトルコが懐かしくてつらいので,この記事では東京でオススメのトルコ料理店とウズベキスタン料理店を紹介したいと思います。

西日暮里「ザクロ」

まずはこの店。西日暮里駅から歩いて10分ほどの場所にあります。
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閑静な住宅街の中にありながら,店内には天井からトルコランプが吊り下がり,床にはトルコ絨毯が敷かれ,まさにここだけ異国情緒が溢れています。
これらのトルコランプや絨毯,タイルなどの民芸品は手頃な値段で販売されています。食事ついでにいかがでしょう。
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料理のオススメは,2000円で食べきれないほどの量が出てくるコースメニュー。
すべて頼むと数千円になる料理を小皿で楽しむことができます。
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グラタン。
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マントゥなどなど。

オーナーは陽気なイラン人なのですが,その日厨房に立つシェフによって,イラン料理,ウズベキスタン料理,トルコ料理を楽しむことができます。
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イスタンブールのスルタンアフメットで食べた羊肉を思い出しました。味覚というものは旅の思い出に深く関与しているんだなあと感心させられます。
この店は見た目から怪しくて,客層もマニアックな人が多いので意外な出会いがあったりするかもしれません。

新井薬師前「VATANIM」

続いては,先日高田馬場から新井薬師前に移転したウズベキスタン料理屋「VATANIM」。
キルギス出身のウズベク人が経営する店なので,ウズベク料理のみならずキルギス料理もあります。
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サムサは焼き立てで,安定のうまさ。
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日本人がウズベキスタンで食べると油が合わず腹を壊すと言われるプロフも,おいしいし腹も壊しません。
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その他,写真を撮り忘れましたが,羊肉の串焼きやウズベキスタンのうどんこと「ラグマン」もあります。
移転した店は席数が増えたほか,奥の座敷がチャイハナのように装飾されていてエモいです。

東京ジャーミイ・トルコ文化センター

知る人ぞ知る,代々木上原にある日本最大のモスク。
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古くは戦前にロシア革命で亡命したタタール人によって建立されたものですが,2000年にトルコ共和国の支援で建て直され,現在はトルコ大使館の管轄施設となっているモスクです。
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東アジアで最も美しいモスクとも呼ばれておりまして,土曜日には無料ガイドツアーもあります。
興味のある方は過去のポストをどうぞ。



で,久々に再訪したところ,モスクに隣接してトルコ文化センターなる小綺麗なビルが完成していました。
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一階にはハラールマーケットなるショップが併設されており,トルコ直送の食材,調味料,民芸品,クルアーン等の宗教用品が売られていました。
また,現在はコロナで開いていませんが,二階にはトルコスタイルのカフェもオープンするとのこと。
トルコ政府の広報施設であることを差し引いても,気軽にイスラーム文化に触れることができる場所ですから,ぜひコロナが落ち着いたらカフェも訪ねてみてください。

このご時世で外出もままならないと読書か勉強くらいしかすることがないので,本の紹介でもしようかと。
お題は「シンガポール」。
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マレー半島の先端にある緑生い茂る小島に,英語を操る華人によって世界有数の金融大国が築かれ,今や摩天楼が聳え立つ,そんな不思議な国に関する本をいくつか紹介したいと思う。

沢木耕太郎「深夜特急2 マレー半島・シンガポール」

1冊目の「深夜特急」は,いわゆる紀行本としては言わずと知れたバイブル的な存在で,作家・沢木耕太郎が若い頃に決行した極貧ユーラシア横断旅行の道中を記した小説だ。
沢木が旅をしたのが70年代というから,どこか懐かしく思わせるような描写も多いのだが,一人旅でしか味わえない熱狂というのは今も昔も変わらないもので,紀行小説というのは色褪せない魅力があるなあと思わされた。



私も「深夜特急」に感化された人間の一人で,特に1巻の香港・マカオを読みながら大いに興奮したのを覚えている。というのも,私自身の初海外一人旅も香港とマカオだったのである。
司馬遼太郎の「街道をゆく」を読んでいたら,司馬が与那国島で自分と同じ宿に泊まっていたことが分かって,ちょっと嬉しかったこともある。
そんなふうに,沢木の旅した香港と自身の記憶を重ね合わせて感傷に浸っていた。
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それで,当たり前のように2巻も買って読んだ。
沢木は香港から空路でバンコクに移動し,シンガポールまで陸路でマレー半島を縦断した。
のっけから言ってしまうと,沢木はあまりシンガポールが好みではなかったようである。
無意識のうちに,華人国家であるシンガポールに対して前の滞在地であった香港の幻影を追い求めていた,と沢木は語る。シンガポールにあるものはどれも香港で目の当たりにしたものを超えることはなく,沢木にとって退屈だったようだ。

本書ではバンコクからシンガポールに至るまでに多くの頁を割き,シンガポール滞在は30頁ほどで終わってしまう。シンガポールは観光資源に乏しい国,というのは現在でも広く語られることである。だから私もシンガポールを旅行先に選ばずにいたわけだ。

しかし読了した私は,むしろシンガポールに興味が湧いていた。沢木耕太郎が香港の幻影を追い求めて幻滅したシンガポールに,同じく香港に感銘を受けた自分が訪ねたら何を感じるのか?

そういうわけで,私が二回目の海外一人旅に選んだのはシンガポールだった。


岩崎育夫「物語 シンガポールの歴史」

私の見たシンガポールは,期待をはるかに上回っていた。
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もちろん摩天楼には圧倒された。
夜のチャンギ空港に降り立つとすぐに地下鉄に飛び乗ってRaffles Place駅に向かい,CBDと呼ばれる経済と金融の中枢があるエリアに来た。夜景は絶品だった。

それだけではない。
宿のあるChina Town駅に降り立ったときだ。
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沢木耕太郎が物足りないと記していたチャイナタウンは,マレー半島に来たと認識している自分の脳味噌をバグらせるには十分な熱気があった。
華人の老人が営んでいる屋台で潮州料理を食べながら,この面白い国にどうしてもっと早く来なかったのだろう,としきりに後悔していた。
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シンガポールという国家に興味を持った私は,この最強の都市国家がどのように建設されたのかを知りたいと思った。



そこで手に取ったのが中公新書から発刊された「物語 シンガポールの歴史」である。
英国植民地から独立,経済成長に至るまでの歴史を,アジア政治に精通する筆者が平易な文章でまとめている。

シンガポールが今の経済大国へと至った要因は,ラッフルズをはじめとする大英帝国の統治者が自由港として発展させたことと,そして天才リー・クアン・ユーを首班とする人民行動党政権が国是として経済成長を推進したことにある。
一方で,目覚ましい経済成長の影に,人々の言論の自由は制限され,子どもたちは能力主義に基づいて小学校から生存競争にさらされてきた。
国際化のため公用語は英語となり,民族や宗教といったものは経済成長の二の次とされ,伝統文化は断絶した。今もシンガポール文化とも呼べるものは確立されておらず,国民のアイデンティティには揺らぎがある。ここに経済至上主義国家の悲哀がある。

光も影も含めて,ますますシンガポールが好きになる一冊だと思ったので紹介した。

重松伸司「マラッカ海峡物語 ペナン島に見る多民族共生の歴史」

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シンガポールは華人が大半を占める国家でありながら,少数派のマレー人,タミル人にも対等の地位が保証されており,自他ともに認める多民族国家である。街には多言語表記が溢れている。
そんなシンガポールとともに大英帝国の海峡植民地を構成していたのが,マレー半島西岸のペナンとマラッカである。
これら3都市はいずれもマラッカ海峡に面しており,特にペナンにおいては現在マレーシアの一部でありながら,華人やマレー人,タミル人など多くの民族が共生する独特の社会が築かれている。
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ペナンを訪ねたとき,道を一本隔てると,まるで違う国に来たかのように街並みが変わったのを印象深く覚えている。

マラッカ海峡沿岸のこれらの都市には,なぜ多くの民族が入り乱れてきたのか。そして,なぜ大英帝国がこの地域に目を付け,どのようにして現代にまで続く海洋貿易の要衝として発展させたのか。



選んだ3冊目は,昨年ひそかに話題にもなった新書「マラッカ海峡物語」である。
淡路島の半分ほどの小さな島で,多くの民族集団の栄枯盛衰が繰り広げられ,大海を股にかけるダイナミックな歴史が展開されてきたのである。マレー半島,スマトラ島,インド大陸から渡来する海商集団,アヘンを取引する華僑,そして華人組織間の抗争,それらを器用に支配した植民地政府。
ペナン島・ジョージタウンの小さなエリアに密集していた様々な宗教のモスクや寺院は,今も人々の祈りの場である。変わらない多民族社会の街並みは,世界文化遺産にも登録されている。

本書を読めば,マレー半島に対する理解が深まるのは間違いないだろうし,旅をするならば一層楽しめるであろう。

絶賛外出自粛中につき旅行欲が止まらないので,旅の写真でも貼っていきたいなと。
以前,石巻湾に浮かぶ離島を訪ねたときの話です。
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石巻は震災前も含めて3回目くらいの訪問。
真新しいコンクリートで固められた旧北上川の一角に,高速船「網地島ライン」の渡船場があります。

ネコの島,田代島

シーキャットなる船で石巻湾をしばらく進むと,最初の目的地である田代島に到着。
このあたりには,風光明媚なリアス式海岸に沿って幾つかの離島が点在しており,一帯は三陸復興国立公園にも登録されています。先の震災で大きな被害を受けた地域でもあります。

この田代島はネコの島として国内外に広く知られていて,
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さっそく港ではネコたちが出迎えてくれます。
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島の中腹にあるのはネコの神社。
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神社で仲良くなったネコが付いてきた
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港で漁師さんのおこぼれを狙いに来たネコ。
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↑からの↓
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網地島へ

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網地島ラインの次の便で隣の網地島にも足を伸ばしてみました。
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難読な島の一つで,読み方は「あじしま」。
人口300人ほどの小さな漁業の島です。
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島の小さな漁港は東日本大震災で大きな被害を受けました。
定置網は一年後には再開され,現在港は完全に復旧しているとのこと。
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金華山を一望できる丘の上に立つ,赤と白の対比がよい灯台。
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今でも東北で海を見ると,その海が美しいほど,心が締め付けられるような気がします。
もう10年目ですね。


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